
平成20年10月28日~10月30日
創明クラブ 田辺 昭人
委員会名:建設常任委員会
期 間:平成20年10月28日(火)~30日(木)
視察都市等及び視察項目:
新潟市 新潟港の概要及び新潟市の港湾行政について
富山市 コンパクトシティについて
福井市 都市交通戦略について
新潟市は平成17年に周辺13市町村との合併を行い、同19年には日本海側として初の政令指定都市となる。人口約81万人、面積約726㎢規模を誇り、わが国有数の穀倉地帯を背景とした田園型政令指定都市である。
新潟港の歴史は古く平安時代より、「蒲原の津」として当時より重要な港として位置づけられていた。江戸時代には北前船の寄港地として、日本海側最大の港町となり繁栄してきた。その後、日米修好通商条約が締結され開港5港の一つに指定された。

1868年に開港し、現在は人的交流でにぎわう新潟港西港区と1969年に東港工業地域と一体となって開港し、国際物流の拠点である新潟港東港区の二港区で構成されている。新潟県が港湾管理を担い、新潟市は主にポートセールス等を行っている。
新潟港の背後圏には、北陸自動車道をはじめ、関越自動車道、磐越自動車道など高規格自動車道路網が整備され、東北・関東・北陸方面からの要所として合理的なアクセスが可能である。また、上越新幹線や新潟空港の定期航空路により、国内外の主要都市と結ばれており、人流・物流の大きな可能性を持っていることから、ポートセールスが今後の港湾活用の方向性を握っているといっても過言ではない。
前述したとおり、新潟港の歴史的背景やその立地、そして日本海側随一の設備を目の当たりにして、重要性と将来性に期待するものである。
しかし、一方で対岸の韓国,釜山港は世界有数のハブ港として、世界規模で機能しており、内外貿易の中継基地として大きな役割を担っている。その点を確認したところ新潟港としては、将来のハブ機能について付加していく計画はないとのことだった。残念に思われた。
その理由として、規模の問題が考えられる。そこで、24時間稼働の港湾機能の付加について、質問したところこの点については検討しているとの回答であった。
私なりに考えると、規模の小さな国際港湾は将来も存続するために、港湾としての独自性を持つべきと考える。
施設整備はもちろんのこと、24時間稼働を前提とする雇用の確保やアクセスの整備などである。
このことは、本市、横須賀新港や長浦地区の港湾機能の整備について
も考慮すべき点と思う。
現在の富山市は、平成17年に7市町村の合併により新たな都市として誕生した。人口約42万人、面積約1242平方キロメートルと本市と比較し、12倍の面積を持つ。富山平野の平たんな地形は国内有数の可住地として、高い道路整備率と相まって、全国1位といわれる「持ち家比率」を生み出している。
道路整備の進捗と自動車の普及によって、市街地の外延化が進み、その結果富山市は県庁所在都市では最も低密度であると言われている。
世帯当たりの自動車保有台数は1世帯当たり/1.74台、(全国2位)とされ、日常生活の中で自動車分担率等が8割と他都市に比べて非常に高い数字が出ている。一方、路線バスなどの公共交通の衰退は著しい。

今後、人口の減少化や高齢化社会、特に労働者人口の減少による都市の財政力の低下は富山市のみならず、本市も含め社会的課題と言える。
その中で、車を持てない、運転をできない交通弱者が増大することが予測され、そのような市民にとって極めて生活しづらい街が出現することになる。
特に富山市のように広い面積を持つ街にとって、公共施設の維持管理コストの増大とともに市民生活の維持・確保が大きな負担としてのしかかってくることは明白である。
また、市街地の外延化が進んだことで、中心市街地の空洞化による都市全体の活力低下を生んでいる。
そこで、今後の人口減少と高齢化によって深刻化する課題に対して、「富山市のまちづくりの基本方針」が策定された。
市内の6路線の鉄軌道と運行頻度の高いバス路線を基軸として、市内中心部に向けて交通網を整備する。
その概念として、富山市が目指す都市構造は公共交通を串にたとえ、その沿線上の徒歩圏を団子になぞらえた都市構造である。いわば、公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくりの実現である。
公共交通を活性化し、日常の足としての水準を確保し、自動車を利用しなくても日常生活がおくれる生活を目的とする。
こうした結果として、「まちなか居住の推進」を図り、公共交通が便利な地域に住む市民の割合を現在の28パーセントから42パーセントに向上させることを目指している。
平成26年に予定される北陸新幹線の開通に伴う、市内交通の高架化工事にあわせて同LRT化計画が進んでいる。
平成19年度からスタートした「富山市総合計画」において、都心地区の面積約436haを対象に
を柱として、多様な人々でにぎわう魅力あるまちづくりが必要であるとした。
都心地区の中で、中核となる地区は面積約36ha、県内最大の商業集積地であり、古くから商業・経済活動の中枢的役割を果たしてきた。
しかし、近年のモータリゼーションの進展と市街地周辺におけるロードサイド型専門店の進出により、市街地周辺での商業ゾーンが形成され、中心商店街として相対的な都市機能の劣弱化が進んできた。
このため、中心商店街の都市機能の強化と、さらには中心市街地活性化が望まれ、まちのにぎわいを創出する都市機能の更新が始まった状況である。
事業名:グランドプラザ整備事業
施工者:富山市
敷地面積:1400㎡
総事業費:1,520百万円
施設名称:富山市まちなか賑わい広場
再開発に伴う建築のセットバック部分を合わせて、幅21m長さ65mの全天候型の広場を確保した。
施設には277インチの大型ビジョンのほか、ステージにもなる床下収納庫・電気・通信・音響・給排水設備が備え付けられており、各種イベントに対応できるようになっている。
全天候型イベント空間をコンセプトに市民の及び市内事業者に対して、場所の提供を目的としている。
「グランドプラザに行けば何かをやっている。」
年間を通じて、100回以上の実績をあげており、すでに週末は埋まっているとのこと。そして、平日の利用率の向上と長期的な潜在顧客の獲得のために「地域の子どまたちの遊びの場」として提供する。
こうした努力の結果、集客効果・路線価の上昇と両面において3割アップの実績を上げたという。
富山市における「まちづくり」とは、市町村合併によって誕生した広大な市域を持つ新「富山市」を将来も魅力ある街として、存続していくための取り組みである。
富山市を取り巻く環境と諸問題を考慮したものが「コンパクトシティ」であり、将来の北陸新幹線開通に伴う「まちづくり交付金」22億円を活用し、LRT化と併せて沿線の街づくりを一体的に推進するものである。
「コンパクトシティ」への取り組みは鉄軌道6路線とバスの活性化を図り、公共交通軸の沿線に居住を誘導することである。同時に地域拠点を整備して、旧市町村を含めて全市的にコンパクトな街づくりを展開するものである。
全国的に人口減少が進む中、「効率的な街づくりである。」と感じた。
しかし、こうした計画の実現が「富山城をはじめ、長い歳月に育まれた伝統の香りを残す独特の街並みや市民の佇まいを否定することになるのでは、」との懸念を持つのは私だけであろうか。
グランドプラザについては、大変印象深く、参考となる施設だった。
中心市街地における「イベント広場」は集客の要といえる。現に同プラザに結節するアーケード商店街は息を吹き返したとのことである。大事なことは、集う場所を設けることであり、そこに行けば常に「何かをやっている。」という印象を一般ユーザーに持ってもらうことである。子供たちの「フットサル大会」・「ウォーキング大会」・「外車の展示商談会」・「ファッションショー」などが開催され、賑わったとのことである。昨年、教経の視察で訪れた東京都板橋区の「大山商店街」で行う各種イベントと、それを楽しみに集客・活況を呈していたことを思い出した。
同施設のように、行政の主導でこうした場所が完成し、地域の市民や事業者がイベントの開催地として共有することが、活性化につながるものと大きな期待をもつものである。
福井市は前日の視察場所であった富山市と同じく、城下町として古くから栄えた都市であった歴史を持つ。
また、先の大戦における空襲、1948年の福井地震、その直後に見舞われた九頭竜川堤防決壊の短期間3度にわたり、当時の市の全域が受けた壊滅的被害から奇跡の復興を遂げた「不死鳥の街」である。
現在、少子高齢化社会の進展・中心市街地の衰退など今後、深刻な都市問題が懸念されることから、地域特性と既存ストックを活かした安らぎのあるまちづくりを目指し、福井市総合交通計画(都市交通戦略)の策定となった。都市交通戦略として、新交通システムの検討でもあることから一部、昨日の視察先である富山市との共通性も感じるところである。
前述したように、既存ストックの活用が「福井型公共交通ネットワーク」の特徴である。

福井駅および中心市街地を核に、市域を構成する4つの地域を6つの交通幹線軸でつなぎ、市域全域をカバーする交通ネットワークを形成する。
それらは全て、既存の公共交通路線であり、地域特性にふさわしい交通サービスを確保することで、交通軸と地域を結ぶ拠点の形成を目指すものである。
具体的には、公共交通機関の利用を高めるために、増発・終電の延長をおこなう。パークアンドライドを採用するため、地域拠点に駐車場整備と交通機関の連絡利便を図る。
先にも述べているところであるが、コンパクトシティへの取り組みで、まちなか居住が進む一方、長い時を経てきた集落、俗に「辺鄙」とされる場所が、将来淘汰されるのではと懸念を抱かざるをえない。
同時に、公共交通機関として事業運営される際の行政負担についての不安を感じる。その点についての説明がなかったので、不明な点であるが、確認したいと思う。公設民営であっても行政にかかる負担は、相当と思われる。
そのためには広く市民の理解と地元企業からの支援など、一体化した策が必要ではないだろうか。
これらの新交通戦略を視察して思うことは、本市における京急の存在が実に大きいものだということだ。地方では本数の確保ができず、利用率の低下につながっている。5分・10分おきに来る電車、午前1時過ぎまでの終電、当たり前と思っていたことを再発見した思いである。
京急の路線を基軸に沿線のまちづくりやアクセスの改善を検討することで、本市に対する価値観を変えることができるのではないだろうか。
