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2008年7月 アーカイブ

2008年7月 3日

蛍の光

蛍の光といってもパチンコやさんの閉店ではありません。
我が横須賀のいくつかの地域で、久しく見ることの出来なかった蛍が復活をしてきたということです。
秋谷の前田川流域・YRP野比光の丘・太田和緑地・ソレイユの丘・この他佐原・久村地区などがその場所だそうです。私は今日、吉田議員のお誘いで野村議員と共に馬堀にある「自然教育園」という所の「ホタル観察会」(実にアカデミック)に出席をしてまいりました。この自然教育園では20年以上にわたり、環境整備と保護により、少しずつホタルの数を増やしてきたんだそうです。ガイダンスの後の散策では、いた、いた、ホタルが。考えてみると小学校低学年のときに見て以来、約40数年ぶりだろうか。私はホタルの光の色さえ忘れていました。ホタルの光は蛍光ペンの黄色の色でしたよ。ホタルが生息できる環境は条件があり、良い水環境と植物が繁茂する環境づくりが必要です。先にあげたホタルの出現場所は各地で同様の環境づくりの取り組みが長年、成されてきたということです。言い換えればホタルの成育できる環境をみんなが作ってきたということです。講師の先生がおっしゃっていましたが、地域への愛着や生命の営みの重さを知るために、地域のコミュニティーの再生と共に行ってきたということです。このことはホタルだけではなく、全てにいえることではないでしょうか。
また、国道から入って5分あまりの場所で、人家からも程近いところにあるこの「自然教育園」の園内はその空間だけが時代をさかのぼったような異次元空間でした。後から整備したとはいえ、まさに数十年前の原風景でした。私はこの上にある浦上台の育ちですが、自然教育園があることを今まで知りませんでした。
子供たちには、環境教育の観点からぜひ、このホタルの住む環境に触れてもらいたいと思います。また、私は環境保護の推進論者ではありませんが、今後の開発に当たっては、地域の環境や風土などの特性を少しでも残しながら開発が図れたらよいとも感じました。地域の自然を残すことが個性になり、他地区との差別化にもつながるのではと考えるからです。皆さんにもぜひ一度、見に行くことをお勧めします。ネオンの光も良いけれどホタルの光はまた違う風情ですよ。

2008年7月 5日

美・サイレント/1週間のご無沙汰

何がサイレントかというと、喋れないということです。その理由は声帯ポリープです。
正確にはポリープ様声帯といって、たばこの吸いすぎや声の出しすぎが原因で声帯が腫れて、特に疲れたときは声が出にくくなる症状です。症状は痛みが特にあるわけではなく、日常生活に不足はありませんが、声がしゃがれます。良く言えばハスキーヴォイスですね。私の声はもともと美声ではありませんが、去年の選挙以来その傾向が強いようです。特に3月の代表質問を本会議場で行ったときから正直、気になっていたのでした。
実は私、このポリープは2度目でして6年前に一度やっております。この病気、手術というか治療というか割とスピーディーに処置してもらえるのですが、やっかいなのはその後なんです。前回は声帯の左右に出来たポリープを片方ずつ2度削除しましたが、合計2週間の発声禁止となりました。喋るのが商売とも言えるわけで、先生に何とか1週間でと頼み込んで今回の入院としました。ちょうど議会も終わって、9月の議会までは比較的時間が取りやすいので、ここで直そうと決めたのです。実は今まさに発声禁止中です。病院からちょっと抜け出してきたところです。
しかし入院中は不便です。普段、当たり前に話していることが急にできなくなるって、結構大変なことで、意思を伝える手段はもっぱら筆談となります。前回のときは大学ノート2冊分の会話量でしたが、文字で伝えるって難しいですよ。無駄なことをいっぱい書いてましたから。7月7日から14日までの入院ならびに発声の禁止です。第一声は14日の診療日ですが、いったいどんな声になるのやら。自分でも不安と期待でいっぱいです。入院中のことは改めて書く予定です。

2008年7月13日

闘病記(沈黙記)第一日目

7月7日の入院からちょうど7日目、いよいよ明日が退院予定日です。
その間、ブログのほうも休みを取るなど、若干怠慢気味と反省しておりますが、改めて6年前に同じ症状での入院以来、久しぶりの病院生活の感じたままを数回にわたり、報告させてもらおうと思います。とにかくこの1週間一言も発していない訳で、沈黙の7日間が継続中です。

入院初日10時受付に間に合うように、出発。次男の運転、女房同伴と絵に描いたような入院風景。でも少し、家族のありがたみを実感。
15歳から吸ってきた煙草とお別れ、禁煙開始
受付の際、氏名・生年月日・バーコード入りの腕輪を装着
明日の手術は8時30分からと告げられ、夜9時以降の飲食の禁止を言われる
そして最後に「喋るのは今日まで」とダメ押しをされ、新入患者の完成となりました。

2008年7月14日

祝・退院

予定どおり、退院することが出来ました。
1週間の沈黙のかいがあってか、傷口の腫れも大分収まったようです。実際に声を出すことに多少不安があり、恐る恐るの第一声となりました。一週間のブランクもあるのでかすれてはいましたが、ちゃんと声が出て安心すると同時に、「あまり前と変わってない」少し期待はずれの感もありました。
2・3週間は安静にと先生から言われましたが、喋るのが商売のこちらとしては本日、午後から戦線復帰であります。ただし、3度も同じ手術は嫌なので、禁煙の実行は続けたいと思ったところ、悪友から退院祝いとして「タスポカード」を送ろうかなどと、誘惑も多く今後は「揺るがぬ志」をモットーに生きていこうと固く決意したのでした。なにはともあれ、都合8日間にわたり、横須賀共済病院・耳鼻咽喉科の鈴木一雅先生そして病棟の看護師の皆さんには大変お世話になり、ありがとうございました。同時に、昼夜を問わず病棟において入院患者に対するひたむきさを目の当たりにして、今一度、医療の分野の勉強をしたいと思いました。
まずはしばらく、大事にして美声の復活を期したいと思います。

2008年7月18日

マッスルミュージカル見てきました

話題の「筋肉ミュージカル」2008 夏公演「祭 花魁」初日を見てまいりました。
会場であるマッスルシアターは今年の正月公演以来の2度目になります。一般に言うところの「ゲージツ」はまったく理解が出来ない私にとって、オペラだのミュージカルは無縁な領域であります。そんな私がこの公演だけ通うことになった理由は、簡単明瞭です。舞台上での演者たちの汗とほとばしるエナジーが直球で観客に伝わってくるからなんです。
演者は有名・無名を問わずオーディションから選ばれたパフォマーたち、オリンピックメダリストやそれぞれの競技種目で名をはせた人たちが舞台上で繰り広げるその演技は、ものすごい説得力があります。これがスポーツとエンターテイメントを融合させた「スポーツバラエティー」という新しいジャンルなんだそうです。テレビでは「筋肉番付」や「sasuke]がこの範疇にあたるんだそうです。跳び箱や縄跳び、トランポリンや体操など私たちの身近な競技であり、それをメダリストがハイレベルに昇華していくことが、あの人気の秘訣ではないだろうか。これら番組や舞台を通じて生み出されたコンテンツは、日本だけにとどまらず海外にも番組として輸出され、人気を博しているそうである。体を使った演技やその前提となる練習は、国籍・年齢・性別に関係なく伝わるはずだ。実際、多くの観客がその演技と汗に魅了されていました。
また、違う観点で考えたとき、わが国ではスポーツ選手の引退後の生活が不安定ということを聞いたことがあります。旧共産国では国を挙げて選手を育成し、中でもメダリストには一生涯の保障をするなどと聞きますが、残念ながら日本において選手の未来はその環境にはありません。
この「筋肉ミュージカル」「筋肉番付」の生みの親であり総合プロデューサーの樋口潮氏は、そんなアスリートたちに夢を与えた素晴らしいアイデアの持ち主です。縁があって私もお付き合いをしていますが、彼のこのような発想を地域とコラボするなどして、生かすことは出来ないものか考えてみたいと思っています。

2008年7月28日

祭(まつり)・祭礼(さいれい)・政(まつりごと)

夏のこの時期、7月・8月は各地でお祭が集中して行われます。
中でも7月末の土日から8月の9・10日はピークです。私もご多聞にもれず、市内の数箇所にお邪魔をしてまいりました。土曜は相談役を務めている小原台町内に行きましたが、今回のお祭での目玉は新しい山車のお目見えでありました。古くなってしまったこれまでに変えて町内の大工の棟梁や関係の有志が力をひとつにして、寝食を忘れて日夜製作にかかり、念願の山車の更新が叶ったわけです。私も縁起を担いで、この新しい山車のうしろを押させてもらい、汗を流すことが出来ました。今回はお披露目の場でもあり、棟梁は山車につきっきりでした。細工や文字のひとつひとつがすべて手作業であり、職人の技が隅々に活かされた作品の完成です。棟梁はじめ関係各位、本当にお疲れ様でした。
その後、地元である上町にお邪魔しました。今は上町4丁目と住居表示になっていますが、同時に昔ながらの呼び方である豊の坪が私の住んでるところです。かつて我が家の子供たちが小さいころは顔を出していたのですが大きくなるにつれて、お祭への参加が遠のいていましたが、今回参加して、改めて町内の一員としての自覚を覚えることが出来ました。御神輿を担いでみて感じたのですが、遠巻きに眺めるより、担ぐことでの一体感は私たちの毎日でもある政治の場での参加意識にも通じるものであると思いました。かつて、政治と祭礼は本来はひとつだったために(祭政一致)、政(まつりごと)とも呼ばれたそうです。都市化によって現代では地域住民の心を一体化する作用としてお祭のあり方が重要であるといえるでしょう。
こじつけるつもりはありませんが、お祭も政治への関心も同様に輪の中に入った立場で、参加・発言なりをしていくことが、無関心を打開できる機会になりうるのではないでしょうか。

2008年7月29日

子供たちと雨宿り

我が家の子供はすでに二人とも成人して、小さな子供と触れ合う機会もなかなかありません。
そんな中、市内の児童養護施設のサマーレクリエーションに同行させてもらいました。その施設には2歳から18歳まで76名の児童が生活しています。今日はそのうちの59名が参加しての企画で、横浜市長津田にある「こどもの国」にいくことになりました。昼前に現地に到着し、昼食の後はプールに行く小中学生のグループと動物園に行く幼児グループに別れて午後のスケジュールが進行するはずでしたが、予測不能の雷雨に見舞われて園内のテントの下で雨宿りという最悪のケースとなってしまいました。しかし、子供たちがバスに乗って出かけるこの小旅行を楽しんでくれたことは幸いでした。
現在、本市には児童養護施設が1箇所しかありません。向こう3ヵ年の計画ではもう1箇所の増設が予定されていますが、あくまでも公設の施設ではなく民間の運営を前提としたものです。厳しい財政の中での現実としてまずは、施設を建てるための土地が無いと計画が成り立ちません。いうまでもなく土地を買うことだけでも大変なことです。せめて公有の建物や土地をその運営の為に借りることが出来たら、必要とされている福祉施設が出来ると思います。
一昨日でしたか、市内で幼児が虐待死する悲しい事件がありました。明るい表情を見せてくれるこの子供たちですが、実はその多くが、何らかの虐待が原因でこの施設に入所しているのだそうです。児童虐待には身体的・心理的・ネグレクト・性的と4つのパターンがあり、特に最近の家庭環境や社会構造の変化が原因で孤立し、精神を病んでしまい問題化するケースが増加しているとの事です。入所までの彼らはさまざまな経験を強いられてきたようです。話を聞いてみると、なんと10万人あたりの児童虐待の発生率が横須賀はトップクラスだとの事です。至る原因はさまざまでも、被害にあった子供がたくさんいる現実。見過ごすことは出来ません。子供たちを見守る大きな力として近所の協力は不可欠です。この情報の正確さが多くの子供を被害から守っているのです。それに加えて、本市独自に持つことになった児童相談所の迅速かつ広範な活躍を期待します。後手に回ってからではその価値も半減ですから。
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