12月5日は、友人というより、兄弟分の命日である。
毎年この日を忘れずに線香を手向けることにしている。
特に今年は、亡くなってから12年経ち、
先日も13回忌の法事に出席した。
命日には、あらためて所縁の深い友人たちと
墓へ赴くことができた。
奴とは15歳頃からの知り合いであったが
学校も同じではなく直接の接点は、当時殆ど無かったように思う。
ただ、共通の友人を通して良く聴く関係だった。
恐らく、奴もそうだったと思う。
学生時代、沿線ですこしばかり名前の売れた奴だった。
愛校心が強く、他の学校は訳も無く嫌っていた。
多分、私のことも嫌っていたのだろう。
その二人が大人になって再会した。
そのときも、なかなか私の傍には来てくれなかった。
意を決して声をかけた。
わざと忘れたフリをしているのが良くわかった。
ある意味、因業とも言える奴だった。
その後、飲みに流れて酔うほどに
10数年の溝は一気に埋まったのだ。
それからは、話したり,逢ったり、飯を食ったり、
酒を飲むという毎日を続けた10年間。
ただ、そのうち1年近く喧嘩をして没交渉になった時期があった。
お互いに意地を張っていたのだと思う。
しかし、1年になろうとする頃どちらともなく「もう、やめようぜ」となった。
でも、お互い謝ることはしなかった。
会うことを我慢していただけに、もういい加減にしたかっのだ。
友として、兄弟として、そして一緒に選挙を戦った戦友として、
奴が死んだときには、ぽっかりと心に穴が開いた気がした。
奴が死ななければ、今頃は市会議員になっていただろうと思う。
そして、私はその応援を先頭でやっていただろうと思う。
かけがいのない友だった。
お互いに仕事の話はしなくても
嫌なことがあると、いつまでも傍にいてくれた。
同じ思いの友人たちと墓参し、
誰となく、「もう12年たったんだ。」との話が出る。
でも、奴の声も姿もあの時のまま今でも
それぞれの心に刻まれている。